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コラム
「ももせいづみの頑張らない子育て講座」  
2003-2004 NHKすくすく赤ちゃんに連載

第二部

 8、「ママ仲間の付き合い奥義」
 9、 「話し方を変えて元気に子育て」
10、「一人っ子ってかわいそう?」
11、「"いい嫁"をやめて見えること」
12、「Yesで始まるエコをしよう」
13、「子ども仕様、大人仕様の区別」
14、「それ、ほんとに必要?」

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8、「ママ仲間の付き合い奥義」

 子育てを始めると、ママも仲間が欲しくなる。子連れランチや、お互いの家の訪問、お出かけの約束をするのは、とても楽しい。
でも、このママ仲間。一歩間違えると、ストレスの原因にもなってしまうのだよね。これが悩み。仲良く見えて微妙な派閥があったり、思いがけないことで噂や仲間はずれににされるという話は、私の周囲でも後を立たない。

 第三者から見れば、「そんな些細なことで」と思われがちだから、夫に相談してもなかなかわかってもらえないのが難。でも、本人にしてみたら毎日の生活基盤が揺るぐくらいのダメージを受けたりもする。どうしたらいいんだろうー。

 思うに。問題は「子どもを介した人間関係を作ろう」としたところにあるような気がしてる。地域の同年齢の子どもがいるママ、幼稚園のママ、育児サークルのママ。いずれも、主語が自分ではなく子どもにあるところで人間関係を持とうとすると、いろいろ複雑なことが起こりがちだ。
自分とはまったく合わない人でも無理して付き合っちゃう。逆に、ママ同士がすごく仲良くても、お互いの子どもの成長や成績が気になったり、生活背景をつい比較したくなって邪心が混じる。トラブルがあった時でも、生活基盤が同じなので距離を置くことが難しい。場合によっては、ほんとやっかい。

 とにかく、友だちづきあいではある程度の距離感を保つことが大事なのでは。生活圏が近いなら、一定の距離を置いて深入りを避ける。逆に深く仲良く付き合いたいなら、生活基盤を切り離す。その意味でも、主語が子どもではなく、「私」にある関係をどのくらい持てるかって、とても大切なことなんじゃないかと思う。

 私が大事にしているママ仲間は、子どもは0歳から15歳まで、住んでる場所も様々という寄せ集めだけれど、それがかえっていい。「あと3年たつとこんなことがあるのか。うちの地域ではこんなサービスないけど、他ではあるのか…」なんてことに気づくし、洋服やおもちゃのリサイクルもしやすい。何より、実生活での利害関係がないというのが、いい関係が続いている理由なのだと思う。

 私は彼女たちとインターネットを通じて知り合ったけれど、地域のサークルや趣味やスポーツを通しても、「私」が主語の仲間はみつけられるはず。
子育て期は、子ども周辺の人と親しくなろうと考えがちだけれど、距離感を間違えると逆効果と割り切るのも大事。視野を広く持って「生活圏が近いなら距離を置く。仲良くするなら生活基盤の重ならない人」を原則に、一度自分の人間関係、見つめなおしてみてね!

9、 「話し方を変えて元気に子育て」

 前回、「ママ仲間とは適度な距離感を」って話したんだけど、その「距離感」の取り方が難しいのよね〜! というご意見も多数あるのは事実。
私もいまだにずっと試行錯誤中だけど、でも、話し方を意識的に変えてみると、人間関係や自分の意識が変わる。そんなことに気づいてから、話し言葉にとっても気をつけるようになった。

 まず秘訣その1。否定的なトーンの会話は、うずまきのように回りを引きずり込むので、これにつられないこと。わたしはこれを「ネガティブ・スパイラル」って呼んでる。「ちょっと、聞いた? ○○さんちったら××なんですってよお」。これをひそひそ声で言われたら、つい誘いに乗って「あらまあ、いやねえ」「どうりで△△だと思ったのよ」と、つい一緒に噂話に興じてしまいがち。その話題を共有することが、仲間意識みたいなものにつながることもあるんだけど、ここは「さあ、私にはわからないわ」とあっさり受け流し。否定トーンにつられてこない人には、うわさ話もしにくくなって、適度な距離感が生れるものなのだ。一瞬仲間はずれと感じることもあるかもしれないけど、その距離感があとで自分を救う! これはほんと。

 その2。「あなただけに言うけど、実は夫が○○なの」……といった打ち明け話をされたら。つい「何でも話して、相談に乗るわ!」と言ってしまいがちだけど、生活圏が近い人なら、逆に「考えすぎないの、どこもそうよ」と踏み込むのを避ける。相手の台所事情を知り過ぎないことも、上手なお付き合いの秘訣。「何でも話して」は後々、火種になることも多いと心して。

 もひとつ。自分自身の言葉づかいを一度、冷静にチェックしてみて。「だって」「でも」「どうせ」という言葉を多く使ってない? 子どもとの会話の中で、否定形を多く使って話してない?

 「なぜ早くできないの? ちゃんとしなくちゃ駄目でしょ。これ以上ママを怒らせないで!」。はい、これで否定形3回。実際これをしゃべってみて。明るいトーンでにこにこしゃべれる? なんか眉間にしわがよって、いらいらトーンになっちゃう。不思議だけれど。
「もうちょっと早くできるかな? ○ちゃんが待ってるよ。頑張れる?」。同じことを言うのでも、これなら明るく話せるよね。子どもの発育やしつけのためじゃないの。これは何よりママの気持ちが楽でいられるための話し方のコツ。

 子どもを取り巻く人間関係を複雑にしない。で、「でもだってどうせ…」を使わず、否定形のしゃべり方をしない。すると、気持ちを明るくスイッチできる。明るいママは、子育てだって元気にできる。ね。たかがしゃべり方。でも、たまにじっくり振りかえってみるのも大事だな、って思っています。

10、「一人っ子ってかわいそう?」

 独身時代、一番嫌だったのが親戚の結婚式。「早く結婚して親を安心させて。理想高すぎるんじゃない?」。余計なお世話だと思いつつ、31歳で結婚したときは、ちょっと安心したもの。

 ところが、世の中甘くはない。その後従妹の結婚式で即座におばさまに取り囲まれ「3年すぎても妊娠しないのは不妊よ。医者に行きなさい」。おいおい〜と思いつつ、妊娠した時は「これでもう何も言わせない」と思ったのも確かだ。

 で。すでに赤ちゃんのいるみなさんは十分わかっていると思いますが、これで終わりじゃないんですよねー。まだ続きます。「一人っ子じゃかわいそう。二人目は?」。んもう、ほんとに女って大変! きぃ〜。

 こうした「一人っ子はかわいそう」発想。実は、私たちの気持ちの中にも根深くあったりもします。兄弟がいたほうが情緒が育つ、思いやりが生まれるなどと聞くと、かわいいからもう一人欲しい! という思いのほかに、「この子に兄弟を作らねば」なんて思ってしまう。最近は少子化の危機感で社会的な期待も大きく、なおさら。  

 でもね、本当に一人っ子はかわいそうなのかなんて、考え出したらもう迷宮の中。だって、一人っ子だった人に話を聞いて回っても、「兄弟がいなくてさびしかった」「なんでも一人でできて快適だった」と答えは二分。兄弟がいる人も「にぎやかで楽しかった」という人と、「常に比較されていやだった」「親の愛情を独り占めしてたのに、妹が生まれてかかりきりになり、とてもさびしい思いをした」など、もう千差万別。結局、答えなんてどこにもないのでは。
 昔のように「跡継ぎに男の子を産まねば!」的なプレッシャーは少なくなったけれど、逆に「兄弟はいくつ離せばいいのか、男女はどういう組み合わせがいいか、何歳までに産めばいいのか」などで悩むママがとっても多い、というのが最近の実感。「子どもは2人が基本」という不文律のようなものも存在するような気がする。

 かわいくて産みたくて、育てられる環境と経済力がある場所に、神様が子どもを授けてくれるなら、何人兄弟になったっていい。一人の子を大切に慈しんで育てて、自分の人生も大事にするぞっていう選択肢も、とっても素敵。
 「兄弟がいないとかわいそう」なんて人から言われても気にしない、気にしない! 同時に、人のうちの兄弟の数を気にしたり、とやかく口出しをしたりもしない。大事なのは今目の前にいる授かったこの子なんだもんね! と胸張って子育てしたい、と私は思ってる。で、うちは一人っ子(笑)。十分、幸福ですよ。

11、「"いい嫁"をやめて見えること」

 年末年始が近づくと、私の周囲でぼちぼちと愚痴大会が始まる。「子どもの頃は夏休みとお正月が待ち遠しかったけど、今は気が重い。夫実家に帰省するお盆とお正月なんていらない!」というわけ。

 もちろん、双方の実家ととってもいい関係を築けている人たちもたくさんいる。自分の両親より、義父母のところにいるほうがゆっくりくつろげるという人だっている。でも、妻であり母親であることに加え、「いい嫁」でいるための苦労を抱えている人、結構多いんじゃないかな。

 私も、夫婦二人だけの時は実感がなかったけれど、子どもが生まれたら両親との関わりが激増した。節目節目のお祝い事や、孫を連れての盆暮れ正月の墓参り。とにかく急に「○○すべき」ということが増え、戸惑うことも多かった。もともとまったく生活環境も価値観も違う家庭に育った二人が結婚するのだから、さまざまな場面で双方の思惑が食い違ったり、本音と建前がずれることが多発してあたりまえ。で、冒頭の友人のように「夏休みとお正月なんていらん!」と吼える日々だったわけですわ。

 そんな時、職場の先輩にこう言われた。「うちはお正月はそれぞれの実家に別々に帰るのよ」。子どもは夏休みとお正月で交代で連れて行く。「ほんとはね、お義母さんだって息子だけ帰ってくるほうが楽だしうれしいの。だから建前で家族するのはやめにしたのよ」。

 聞いた当時は「到底うちでは無理」と思ったのだけれど、あるとき、体調を崩した義母が「嫁が来ずに息子と孫だけだったら、炊事も適当でいいし、寝具の用意もしなくていいのに」と義父に漏らしていたことが判明。そうか、元は結局は他人。同じ女としてきちんとしなくては! といったプレッシャーも働くわけで、お互い本音は結構別のところになったのねえ、と。で、その年から、私は「いい嫁」をやめました。夫と子どものエアチケットだけを購入し、「はい、いってらっしゃい〜」。

 これ、意外と実行している人はいる模様で、父子を先に実家に帰して水入らずの時間を過ごしてもらったあと、嫁は大晦日の夜や元旦に登場! という家があったり、妻だけ先に戻って夫と子どもが残るという方法を試してみている家も。じじばばは嫁の顔色を見ずに思う存分孫をかわいがることができる時間が確保できるし、自分も一人きりの家で、やりのこしたことをじっくりできる。子どもにとっても、ママの目がない場所でじじばばに甘えられる数日は意外といい経験。やめるまではすごく抵抗があるけど、やめてみたら。あれ、このほうがよかった!ってこと、子育てや家族の中で、他にもあるような気がする。

 まあ、うちのように別の場所でお正月というのは極端な例としても、「〜あるべき」って建前から自由になってみると、楽になったり、新しい発見があるもの。「いい」基準は自分たちで決めればいいんだ!と割り切ることも、長い子育ての中では、必要なのでわ。

12、「Yesで始まるエコをしよう」

 赤ちゃんができて、食べ物や衣類、洗剤の安全性に気持ちが向くようになった。アレルギーがあるとなおさら。私も息子がアトピー気味だったため、食品添加物や合成洗剤などに敏感に反応するようになり、自然食の宅配をはじめた。宅配で配られる機関紙や、インターネットのせっけん愛好家のホームページなどを読むようになるとさらに関心は増大。いっぱしにエコやナチュラルを語るようにもなった。

 出産をきっかけに環境に関心を持ち、消費者として自覚を持って安全なものを選び、企業に声を伝えていくことはとても大事。でもこうした中、エコにはまるお母さんたちを見て、一生懸命になりすぎることが逆効果になることもあるんだなあ、と思うことも増えた。
たとえば「合成洗剤は環境に悪いから石けんしか使わない」とか、「無添加の食べ物しか買わない」なんて決めてしまうと、入手の手間も増えて自分の首をしめることになる。「だめ」なものがどんどん増えていくと、生活にもおおらかさがなくなっていきがちで、とにかく育児に手間がかかるときは、いたずらに情報に振り回されてのめりこみすぎないことが大事かもしれない、とも思うのだ。というわけで、私が思う「赤ちゃん家庭のちょこっとエコ」のポイントはこれ。

 まず、「Noから始まるエコをしない」こと。買い物に行っても「添加物や化学物質が入ってるからだめ!」と、Noの連発ばかりだと、「買ってはいけない敵」が生活にどんどん増えて息苦しくなるばかり。「これはだめ」よりも、「これはおいしい」といったYesの視点でモノが選べるように。

 そのためにも、エコは「気持ちよくておいしい」を原動力にして。「農薬が危険だから」より、無農薬のほうがおいしかったから。だから赤ちゃんにもおいしい素材で離乳食を作ろうって思うほうが、「安全な素材で作る義務感」を抱え込むよりずっと健康的じゃないの!

 そして最後が、「ラクチンなことをしよう」。環境に貢献してるからと、手間隙かけて眉根に皺を寄せるエコは、結局長続きしないもの。完璧を目指さず、ラクチンになるエコはどんどん取り入れる。ごみ減量のためにマイバッグを持たなくちゃと思うより、レジかごバッグを利用したほうが詰め替えがなくてラク! 自然食の宅配にしたら、買い物の手間がなくなってラク! 簡易包装の食品にしたらごみが減ってラク! そんな風に考えられるようになれば、無理なくエコが身についてくるものなんじゃないかと思う。

 「買っちゃだめ」「食べちゃだめ」のNoのエコより、「おいしい」「楽しい」のYesのエコ。ラクチンしながら赤ちゃんの健康にもいいなら、生活に取り入れてみる価値、ありですよ!

13、「子ども仕様、大人仕様の区別」

 妊娠して、はじめて赤ちゃん用品を買いだした頃、その色や柄に戸惑った。お布団も無地はなかなかみつからず、くまやうさぎ柄やレース・フリル付きで、ほとんどがピンク・ブルー・イエローのパステルカラー。それまでの自分の趣味に合わずに当惑したことを覚えている。
 でもね。独身時代に決して手にしなかったキャラクターの食器や、ふんわりパステルモードのタオルや肌着。「ま、いっか」と買い揃えていくうちに、気持ちも優しくなってきたりして。ああ、これもまた、赤ちゃんを迎えるための準備なのかなあって思ったものだ。それなりに意味はあったのねえ、と。

 そんな生活が数年続いたある日。お友達の家をいろいろ回っていてはっと気づいた。確かに子どもはかわいいし、生活も子ども中心に回っている。でも、知らないうちに家中が子ども仕様になっているのが、当たり前の感覚になっていない? 子どもが好きだからと、キャラクターグッズのクッションやカーテン。以前はインテリアとして機能していたはずのリビングボードの中には、子供用ビデオや写真が詰まって、洗面所やお風呂もおもちゃだらけ。気づくと大人の空間がどんどんなくなって、子どもが幼稚園や小学校に上がるころになっても、家全体が子ども仕様。そんな家が、とっても多いことに気づいたのだ。

 子どもが好きなもの、喜ぶものを身の回りにおきたい気持ちはわかるけど、大人の世界もきちんと維持して同化しすぎないって、大事じゃないのかな。赤ちゃん時代は仕方ないにしても、子どもが自分の持ち物を自分で管理できる年齢になってからは、寝室や居間のあちこちに子ども用品が詰め込んであると、子どもは家中が自分の場所だと思ってしまう。勝手に触っていいものといけないものの区別がつきにくいし、お片づけのしつけも進みにくいもの。

 それに。そんな日常が当たり前になっていると、お母さん自身の頭の中も、いつの間にか子ども仕様で埋まっていきがちだ。子どもができてから、見た映画はディズニーとポケモンだけ……なんてお母さんも、結構多い。
 子ども向けのものを一緒に楽しむのももちろんいいけれど、大人のための絵画や音楽、映画を楽しむ時間や場所をちゃんと持つ。子どもに迎合しない文化をきちんと親が楽しんでる姿が、子どもにいい影響を与えることもあるのでは。

 赤ちゃん時代を堪能して、ある程度の時期になったら気持ちを切り換え、大人と子どもの場所をきちんと区別。たかが収納・インテリアだけど、気持ちの持ち方に大きく影響すると、私は思う。みなさんのおうちはどうですか?

14、「それ、ほんとに必要?」

 子どもの成長は、大きな発見と喜びだけれど、実際には育児は毎日繰り返される単調な作業がほとんど。そんな中で、「赤ちゃんや子ども用グッズ」のお買い物はちょっとした楽しみだ。

 ママたちとでかけたり、お互いの家を行き来していても、そんな「子供用便利グッズ」を揃えて持ち歩くママがいっぱい。子どもが喜ぶから必ず買っちゃうというものも多く、買い物に出ても手が伸びる商品が決まってきたりもする。
でも、ちょっと待って、って思う。つい習慣で買い揃えているものの中に、ほんとはいらないよねってもの、たくさんあるんじゃないかな。

 たとえば、ママ仲間での外出時に多く目にするジュースやスポーツ飲料。これ、麦茶やお水で充分だよね。レストランでのお食事タイムも同様に、食事とセットでジュースを頼む人がとっても多い。これはもう、儀式みたいになっちゃっている子も多く、ジュースやアイスクリームは食事時の定番になってしまっているむきもある。でも、糖分がたくさん含まれているペットボトル飲料は、幼いうちからその味に慣らさないほうが子どものためにもなるような気がするんだけど。どうだろう。
 赤ちゃんせんべいや外出用おやつケースなど揃えて、電車の中や公共の場所でおやつが当たりまえに飛び交う風景も、どんなもんか。ぐずる赤ちゃんは仕方ないにしても、幼児になっても外出先でおやつがないと過ごせない習慣の子、多すぎないかな。小さいときから、そんなに市販の袋菓子って必要? あれ、なんか私、うるさがたのおばさんみたい?

 その他では、おしり拭きやウエットティッシュ。外出時は便利だけれど、家では湿らせた脱脂綿やティッシュでも充分だし、おしぼりを使ったり手を洗わせれば済むこと。わざわざ市販品を買うより、逆に安心だとも思うのだけれど。赤ちゃん専用のローションやソープも同様で、だったら低刺激性のナチュラルなものを揃えて大人も使うほうが合理的だ。結局、よほどのもの以外、「専用」「必需」なものはほとんどなくて、大人と同じで充分なのでは。

 そして、なるほど〜と思ったのが、このコーナー担当の編集者さんからの「おまるっていらないですよねえ」の一言。せまいマンション暮らしでは置く場所も限られるし、清潔にしておくには手間もかかる。「思い込みでつい買ったけれど、補助便座などで最初からトイレでできるようにしつけても、何の問題もないですよねえ」。

 商品名や思い込みで「必需品」と思ったり、子どもが喜ぶとつい買い続けているものたち。一度「ほんとに必要?」「子どもにとって、健康で安全?」と自身に問いかけてみること、大切かも。節約や資源保護にもにもつながるもんね!

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